
すみません。
なんか破壊力のある絵で…
(最近鬱屈した話題が多いもので)
子供の頃「ガラスの仮面」を読んで
イメージの乏しい中から
「うーん亜弓さんは大原麗子だよね〜…歳が上過ぎるか」
などと友達とゆっていたのを思い出した。
多分髪型と眉毛の感じだと思う。
あとなんとなくお金持ち風な横顔のイメージで。
(当時松坂慶子と大原麗子はその
名前と存在のゴージャスさもあって人気だったように思う)
考えると
亜弓さんは大原麗子みたいな
甘〜〜い声ではないと思うが。
で
大原麗子さんが亡くなった。
テレビなどでは「少し愛してなが〜く愛して」の大原麗子さんなどと
紹介されていたけど
それはどうかと思ったわけで。
なんか若い世代の人達は
さんまがしつこく大原麗子の真似をしていたことで
記憶に刻まれているのかもしれない。
そもそも彼女はスター女優で
結婚生活より女優魂の方を優先した程の人なのに。
CMのフレーズで大原麗子を語ってしまっていいものか。
「春日局」とか「源氏物語」とか
代表作もちゃんとある。
それとも世間の(男達の)需要としては
彼女のCMの甘〜〜い声が最高…ってとこなんだろうか。
彼女の女優魂を語るに
弟さんによると
彼女は「自分の気に入った仕事以外は一切、
条件が良くても受けなかった」という妥協のない姿勢。
「足の指を骨折しても舞台に出演」や、
「ポリープで声が出ないのに薬でしのいで出演」などのド根性伝説。
『春日局』ではすべてセリフを頭に叩き込んでいたという。
女優の鑑。
極道の妻を描いたドラマ撮影中、
B団からクレームがついて台本を変えることに。
大原さんは「この通りやってください。
脅されたくらいで妥協したくない」と。
当時の監督は「放送しませんよといっても、
「その場面を絶対に撮ってください」という。
屈しない強さを持っていたと彼女を振り返る。
私が子供の頃
大原麗子が森進一と離婚時に
「家の中に男が二人いたようなものでした」
って言ったのが頭にこびりついてて
そのときはどういう意味なんだろうと思ったが
今になれば「けだし名言!」と思う。
いやきっと森進一
暑苦しいくらいに「家庭」を求めていたのかもしれない。
「ご期待にそえなくてごめんあそばせ!」って感じかも。
会見における彼女はいつもサバサバしていた。
職業婦人ながら非常に「マッチョな精神」を感じた。
そして
「努力」や「弱さ」を外に見せなかった彼女
病気のことでも誰にも頼らなかった結果
死期を早めてしまったのかもしれない。
徹子の部屋で「おさみしくないですか?」
なんてことを聞いてるんだろうか徹子。
いや多分同じ独身として
心の持ちようを参考にしようとしてたんかもね徹子。
それに対しびっくりしたように
「いえ…結局みんな最後はひとりでしょうふふふ」
と微笑を浮かべた大原麗子。
「ひとりでも家族がいてもね」と付け加えた。
確かにそうだ。逝くときはひとり。
徹子はどう感じていただろうか。
彼女としては
そこまで悟って
友人だったか親戚だったかに
冗談か本気か「お葬式はこうしてね」とかゆっていたようだ。
だから私としては
彼女は彼女としてまっとうしていると思う。
筋の通った生き方をして
誰かに迷惑をかけるのも嫌いで
闘病しながらも介護疲れしてても
ぎりぎりまで凛としていたんじゃないかと。
だから「孤独死」とか「家庭に恵まれず不幸」とか
そういう書き方って
彼女の尊厳を踏みにじってると思う。
多分彼女は最後まで自分の信念に従って
幸せだったと思うのだ。









