2007年02月26日

カツゼツの限界と美学。三遊亭円楽引退。

三遊亭円楽.gif

ってことで


三遊亭円楽師匠引退です。


笑点がものすごく好きなわけでもないし

ものすごく面白いと思っているわけでもないけれど

ほんとにもう見れないと思うと

またひとつの時代の終焉を覚える。





思えば私は

三波伸介(古い!)の亡き後

笑点の司会者が円楽に変わり

「うーん、三波伸介は採点辛口だったのに、

円楽…甘すぎるんじゃないの?

こん平の面白くないネタにもいつも笑顔だし。。。

遠慮がちだしなあ」



全くなじめずにいた

でもそれも

今の今まですっかり忘れていたほど

円楽の笑点」になってしまっていた。すごいといえばすごい。





このたびの引退

ろれつが回らないのを大変悔やんでの引退だ。

「お客さまにお金をもらうのが申し訳ない、もらえない」

悲しそうに語っていた。



少し思うことだが

私自身も「絵を描く」ことはスポーツ選手等と違って

歳をとっても現役でいられるのではないか…と思う部分がある。



噺家(はなしか)さんも同じで

よほどのことがない限りかなり高齢まで現役でいられる



きっとそう思っていたに違いない。



最近

円楽師匠は脳梗塞を患って休業

そこからの復活だったが

まだやれる、きっとやれる…

74歳。限界はまだ先だって思っていただろう。




それが…

少し前の公演で

ろれつの回らない自分のはがゆさを

悲しくもシビアに受け止めたということだ。



全ての業界に通じることだが

小さい頃から「それ」だけに賭けてきた人というのは

その道の現役からの引退…限界を見た引退はツライだろう。



若い人に「教える」道は残されてはいるものの

これだけ脚光を浴びていると


「自分が主役でなくなる」ことが

辛くてたまらない人というのは実は多いと思う。




「水泳が人生で最も重要なものではなくなった」と引退したイアン・ソープは、

水泳だけの人生から脱却した。

水泳をとったら何もできない自分になる」のが

どうしようもなくいやだというようなことも言っていた。



確かに

例えば
新庄中田ヒデなどは
器用さもあって今後もうひと華咲かせるかもしれないが

本来トップを独走するような人は

その道では秀でているが器用ではない人が多い。



それ一色の人生を謳歌していく素晴らしさの実感と

その後におとずれる「抜け殻」と感じる悲しさを

肉体の限界による世代交代のさびしさを

覚悟していかなければならないのはいうまでもない。



ここまで高齢になると

もう若い人にね。まかせるよ」と

自分を保って笑って引退を言う人が多くいるだろうが


円楽師匠は本当に「悲しい、悲しい」

露骨な悲壮感自分の美学を前に出していた。

正直でまじめな人なんだと思ったし。

本当に倒れる寸前まで現役でいたかった人なんだと思えた。



噺家さんの「ろれつが回らない…」は

絵描きの「ペンをにぎれない…」と同じく

「人に教えることもままならない状況」になったことも意味する。

残酷といえばそうだが、最初から覚悟はいるだろう。


私もなんだかんだとペンをにぎれなくなったら

絵が中心の生活はそこで終わりだけど…

そのときに自分を支えるものを得れていればいいかなと思う。
posted by 彩賀ゆう at 23:56| 大分 ☁| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やはり個人的には三遊亭円楽といえば「笑点」の名物司会者というイメージが強いです(噺家としての活動はなかなか接する機会が無かったのが今となってはとても悔やまれる…)。

私がこの引退という報に触れて感じたのは、「また一人、超一流といえる司会者が表舞台から消えてしまうのか…」という「司会者」としての側面からの落胆でしたね。
数年前、関西の重鎮として活躍していた上岡龍太郎さんも50代後半で、「僕の芸は21世紀には通用しない」という言葉を残して余力を残して完全引退。そのときも「まだまだやれるのに…惜しい」と感じたもの。彼の司会時代の「探偵ナイトスクープ」、軽妙かつウェットのある毒舌を織り交ぜながら探偵たちを仕切ってゆく司会術はホントに見ていて安心できたものです…。この上岡さんの引退の仕方と今回の円楽さんの引退の仕方も年齢は違いにあるにせよ「自分の芸の限界」という点で被って見えます。

他にも「セミリタイヤ」という形ではありますが、巨泉さん、芳村真理さんも10数年前に長年やっていた番組を勇退する形で一線を降りています(彼らの場合は一応名目的には「第2の人生を大切に過ごしたい」という勇退理由でしたけど、どこかにやはり「喋り手
」としての限界もいわば裏の勇退理由として当然にあったんだろうと思います。芳村さんもどこかの本だったかに後年「ゲストやスタッフとのジェネレーションギャップ」を感じたのがリタイヤを決断した真の理由だったと回顧しています)。久米宏さんも多分今後も
「テレビでの活動」からは一線を引き続けながらラジオだけで自由気ままに「第2の人生」を謳歌しそうな気がしますしね・・・。「Nステ」降板のときの「やめた後は何もしないかも」といったニュアンスの発言は自身の「喋り手としての熟知たるもの」があっての発言だったのは明らかでしょうし、簡単に「テレビ」の一線にひょこひょこ復帰するようなお方でもないだろうし…。

円楽の「笑点」、上岡の「ナイトスクープ」、巨泉の「クイズダービー」、芳村の「夜ヒット」、そして久米の「ニュースステーション」、何れもみな魅力的な番組ばかり。そしてその魅力を築いた大きな大黒柱こそが彼ら「超一流の司会者」だったという気がします。これらが今となってはもう全て「再現は困難」となってしまった点、これはやはり放送界全体にとっての「大損失」の何者でもないでしょうね…。

なんか本当に「超一流」と文句なしに言える司会者がどんどん放送界の一線から退いてしまって、何が「超一流」と評されている所以なのかが全くわからないような横暴な司会者がますます持て囃されてしまう。古きよき時代のテレビの様式美そのものがこういった「超一流司会者」に対する評価の尺度という部分からも、急速な勢いで破壊されつつありますね…。ますます自分の「テレビ嫌い」が加速してしまうかも。

ひとまず円楽さんには長い間我々を愉しませてくれたことにただ感謝、その一言に尽きます。また、それと同時に、ぜひとももう一度引退撤回を再考してほしいところですね。演芸界においても、また放送界においても「真」の名司会者・名芸人として、まだまだ未熟な後輩たちに伝えていってほしいことがやはりかなりありますしね・・・。

Posted by BEST at 2007年02月27日 01:04
僕は歌丸さんが大好きなのですが、歌丸さんの方がいつ倒れるのか心配で心配で・・・。
Posted by COCO at 2007年02月27日 09:48
ども特でございまふ。
今回は噺家"三遊亭円楽"現役引退といふことで。
ワイドショーで観てたんですけど頭では噺の道筋が浮かんでるんですけど
それが口に出てこないっていうもどかしさみたいなものを感じました。
円楽さんや"こん"ちゃんが退いても今後も"笑点"は続いていくんですよ
ボクは"三波伸介"時代がよく観てた時期で確か回答者の並びとしては
"こん"ちゃんの隣に円楽さんが座ってたんじゃなかったかなぁ。
ボクもゆう先生のこのブログの"名物読者"と呼ばれることに今後も精進します。
Posted by 特・名機某 at 2007年02月27日 11:03
ども特でございまふ。(追加投稿)
ゆう先生"三波伸介"はコメディアン
"三遊亭円楽"は噺家、コメディアンは身体を使って笑いをとっている。
"円楽"師匠は同業者だから話芸の難しさを知っているから
多少回答の評価に"甘さ"を感じるんじゃないのかなぁ。
つまり"三波伸介"は"噺家"を見下していたんじゃないのかなってボクは思うんですよ。
Posted by 特・名機某 at 2007年02月27日 15:51
昭和から平成へ。。。
ゆっくりと「時」は流れていきますね。
Posted by とも at 2007年02月27日 21:13
こんばんは
名女優・名俳優・名噺家・名ナレーター等々と
なんだか本物がどんどん消えていく気がしてなりません。
しかたない現実ですが。
そして思います自分達も悔いのないように真剣に生きないと終わりは必ずくるのだからと。
☆昨日JAMの色紙が届きました〜
 写真と並べて飾っています♪
☆そして今日MO○UMO○U見ましたよ〜

今度は遠巻きに見てないで、
似顔絵描いてもらおう!と夫婦で決めています。
そのときはよろしくお願いします(ぺこり)
Posted by ぴか at 2007年02月27日 23:08
私が小学生の頃の「笑点」は、司会が三波伸介さん。
歌丸師匠と故・小圓遊師匠が仲が悪くてねぇ。
もちろん、円楽師匠も解答者で座ってました。
それが鮮明な記憶で残っています。
それだけ時代が進んで証拠やねぇ〜!!
Posted by よっちゃん@祭り師匠 at 2007年02月28日 22:39
「円楽師匠=笑点」
僕の中で形成されてきた常識です。

「歌丸師匠=笑点」
という常識に置きかえられるのは、いつになることやら・・笑

―――――――――――――――――――

「ゆうさんがペンを握れなくなった時」・・ですか。
同じアーティストとして考えさせられます。
(僕の場合、「声が出なくなった時」になりますね。)

けれどゆうさんの作品は、
お客さんの家庭に・・
このweb上に・・
何より、皆さんの心にしっかりと刻まれていますから。
(素敵な人間性も知っていますし^^)

たとえイラストが書けなくなる日が来ても、
誰かが・・何かが・・貴方を支えていますよ。

だから今は、
keep trying!!

って感じです^^
Posted by まっきぃ at 2007年03月02日 03:32
ゆうサン、お久しぶりです。お元気ですか?
MO○UMO○U、見ましたよ♪とっても嬉しくなりました(^^)

円楽師匠の引退には、正直ショックを受けました。私は個人的に笑点が好きなんで。(特に大喜利コーナーは大好きで…)私も“円楽師匠の笑点”というのが、自分の中で当たり前になってました。もう見れないと思うと寂しいですね。

「それ一色の人生を謳歌していく素晴らしさの実感と、その後におとずれる「抜け殻」と感じる悲しさを、肉体の限界による世代交代のさびしさを、覚悟していかなければならないのはいうまでもない。」…何かハッとさせられました。自分自身も他人事には思えないような気がして。

私の場合は、声が出なくなった&指が動かず鍵盤を触れなくなった時が限界…といった所でしょうか。

とある人と昨日、その事について少し話してたのですが、「今はそれで楽しくても、人間いつかは必ず限界が来るんだから、それも覚悟しとかないといけないのかもね。本当に限界が来た時に、自分のことを支えてる何かがあればって思うな〜。それが得られるように、生きていきたいね」
…と、まさにゆうサンの文章の最後に書いてある事を言っておりました。

色んな人の心に残る曲を書いて、歌って&演奏していきたい、と、改めて思った瞬間でした。

長くてすみません。また、パークに顔出させて頂きますね★お邪魔しました♪


Posted by Rimuzik at 2007年03月03日 02:37
●BESTさん
長編コラム。読み応えありました^0^;
私も上岡氏のは感慨深く捉えています。
引退は惜しいと思いましたが
今なお彼が全く顔を出さないことも徹底した美学ととれます。
番組を仕切っていた喋り手さんの引退
大御所だからか「まさかの引退」で騒然とするイメージがありますね。
そこに行くまでに猛烈な葛藤や疲れや時代や周りとのズレに対するジレンマとかいろいろあるでしょうね。でも最終的にその人がその人の人生(タレント生命)の幕をおろす。それが納得できるものであればいいかもしれません。

●COCOさん
歌丸さん。。。^^細く長くいきそうな人ですよ〜。

●特・名機某さん
名物読者ですよ〜。
特・名機某さんの話にはリズムがありますよね。
不思議なリズム感を覚えます。
三波伸介。。。確かにコメディアンでした!
「落とす」のは上手いですね。見下していたかはわからないとこですけど^^;
噺家を尊重しながらやろうとする円楽師匠との違いはそこですね!!
その読みは素晴らしいです^^

●ともさん
平成になって間もないような気がしましたが
結構長いですよね平成。
いろんなことが始まるし終わっていきます^^

●ぴかさん
ありがとうございます。
そうですね。悔いのないように生きたいですね。
いつも真剣に^^
メッセありがとでした^0^色紙おめでとうございます。もにゅもにゅ見ましたか。あっはっは(謎
旦那さまとぜひに^0^いらしてくださいな〜♪

●よっちゃん@祭り師匠さん
私も三波伸介のイメージが強いんですけど
なんせ子供でしたからおぼろげです^^;
時代は動いていますね〜^0^;

●まっきぃサン
若い人の中では
歌丸=コージーの「にょーぼがへそくり隠すとこ」のイメージになってるような^^;

ありがとうございます★
keep trying!!ですね〜^^b
それ実践していきますよ^^
何かに支えられて守られている安心を持っていたら進めますよね。
一度きりの人生と思えば悔いのないように歩きたいです。もっと皆さんに刻まれるように^^

●Rimuzikさん
もにゅもにゅ…見てしまいましたか。。。^.^;
どうもです^^

限界って怖いですよね〜。
じわじわ来るんでしょうけど
「ここで終わりだ」という実感は
自分で身を斬るような「ばさっ!」とした辛い訪れかも。
そればっかりやって行くってほんとに楽しいことなんだけど、だらだらやるんじゃなくて
明日限界が来たら?って思うくらいの集中力で
その一瞬一瞬きっちりやっていきたいって思うこの頃です。
Posted by 限界。。。について思う さいがゆう at 2007年03月06日 00:57

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