2009年11月13日

森繁久彌先生大往生

森繁久彌.gif

森繁久彌氏が亡くなった。

老衰で眠るように息を引き取ったということで

天寿を全うされたように思う。




私がものこころづいた頃から既に彼は重鎮という感じだったし

親世代が「森繁久彌」について語るのを聞きかじっていたくらいで

彼の全貌を味わい尽くすことは到底できなかったが

(「おやじのヒゲ」《竹脇無我と出てたドラマ》が記憶にある)

博識才能豊かでありながら人間臭く面白い人物であったようだ。

女優達は口を揃えてその「お触りぶり」を語った。

黒柳徹子の胸に

つーと指を滑らせて触る場面とか
(なぜか徹子嬉しそう。緊張をほぐしてくれたといい解釈)

中村メイコは
「今の時代なら何度も留置場にぶちこまれてなきゃいけない人」
とそのお触りの過剰さをこう表現。

名前を忘れたが70代の女優さんは
「10代の頃からあちこち触られたていたけど
最後にお会いしたときは触られなかった…
先生(森繁)が歳取ったのかしら私が歳取ったのかしら
って言ったんです」触られなくなったことが寂しそうであった。

徹子に1回どう?」って言い続けていたらしいが(さすが…)

徹子も「言い続けてくださいね」と
なぜか嫌がらず…
実際女性として見続けてくれるのが嬉しかったのかもしれない。
(「おんな」の顔になっていた徹子)

森繁曰く「女性に触るのはエチケット!」と断言。

そういう持論でいいわけしながらも触りまくる。
彼のパワーの源だったんだろう。

老いてなお
「病院は美人の看護師(当時看護婦)さんがたくさんいて楽しい。
すっ裸にして洗ってくれるんだ」などとご満悦だった。

しかし彼は先生と呼ばれるだけあって
本当に多才
特に文学に関して恐ろしく精通していたという。

中村メイコも「あの本のあのフレーズなんだったかしら」と
訊くだけで先生はつらつらとそらんじてくださったと回顧する。

独自の演劇論も持ち
男性達には真剣に熱く語ったという。
(山本晋也には熱く女の話を語ったという…)

歌も知床の人々の為に一晩で作った「知床旅情」
しれ〜とこ〜のみさきに〜♪
心に沁みるいい歌だ。

やや出だしが早春賦(春は名のみ〜の♪)に
似ていると思えないこともないが深く追求しないとして…

森繁久彌という人には歳という年輪以上に
夥しい層を感じる。

女性を触っても与太話をしても許される
そんな人徳
模索し続け、森繁久彌として悟った芸の地平を見ていたと思う。
喜劇からさらに転身
そこに生まれた説得力ある演技と重厚な存在感

彼亡き後、
やはりそこにはぽっかりと穴があいている。

裕次郎氏やひばり氏スーパースター亡き後の穴もあるが
森繁氏の穴は全く違う次元で大きすぎるものだ。


肉と女が好きな人間臭い森繁爺
雲の上に浮かぶ仙人になってしまった。

森繁久彌という96年の人生を辿りその片鱗を拾い集めると
味わい深く、またいとおしくもある。

改めてご冥福をお祈りします。
posted by 彩賀ゆう at 21:28| 大分 ☔ | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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