
三沢光晴。
私のプロフィールにも書いている→通り
私のカリスマだ。
彼の訃報が届いたが
私は信じたくないので
死んでいないと思っている。
今近くにある「彼をかたどったもの」↓

上のはずっとつけている携帯ストラップ。
下左は金具がとれたキーホルダー。下右はミニフィギュア。
思えば私の
プロレスに対しての先入観や固定観念をとっぱらって
いざなってくれたのが三沢光晴氏だった。
先入観や固定観念の内訳は
・なんだかんだ言って暴力
・マイクパフォーマンスで吼えながら威嚇する
・芝居がかった攻防
・男にしかわからない連帯感(同性愛的なイメージ)
みたいなものだった。
しかしどうだ。
三沢光晴氏は
必要以上に相手を威嚇も挑発もしない寡黙なレスラーで
実力で魅せていく人であった。
そういう意味で本当に正統派で正義のヒーロー。
そして
華麗過ぎる空中殺法の数々は
私の中の平坦なイメージを「高さ」という加味で立体的にした。
特にこの絵にも描いたフライングラリアット。
このあとヤラレタ方も一緒になって空中で綺麗に回転するのであるが
三沢はうつぶせに着地する。
飛びワザを決めるレスラーは何名かいるが
やはり三沢を越える美しさにはまだ出会わない。
そして飛びワザの他にも
「出た!このワザ!」と会場を沸かせるダイナミックなワザを
次々と繰り出すサービス精神。
「高校生の頃、プロレスを見て
『自分ならもっと面白くできる』と思った」というのは三沢の弁。
常に客観的な視点を忘れなかった。
また
いつ何どきも
満身創痍で闘い続ける熱い魂。
何度も致命的なダメージを喰らいつつも
意識を朦朧とさせながらも
スリーカウント寸前でフォールを返し続ける。
客席の足を踏み鳴らす興奮。
「おおぉおぉお!!!」と低い感嘆の声がどよめく。
そこには従来プロレスにあった印象
「芝居」「台本」「流れ」なんてものは微塵も感じない
生きた男の死闘があった。
私がブルース・リーを好きなのも
彼は「アクションスターを演じている」という以前に
彼の中に闘う魂と
闘いの哲学・美学・信念を感じるからである。
三沢氏も同じである。
闘っていないときの彼にも脈々と流れる「想い」を感じる。
そして強いというだけでなく
三沢氏には圧倒的なチャームがある。
それがレスラー達の絶大な信頼を得ている。(シモネタはご愛嬌)
※2代目タイガーマスクについて
私が詳しく書かないのは
彼は越中とのメキシコ修行中
(サムライシロー&カミカゼミサワ)
馬場さんの意向でタイガーにする為に連れ戻され
とらおクン(馬場命名)をさせられた思いが強いからだ。
彼には不本意だったタイガー時代…。
彼がジャイアント馬場亡き後
ノアの方舟に皆を乗せて再出発したときにも未知なる希望を感じた。
船出して皆を牽引し続けるカリスマ。
ノアの試合は続行する。それが三沢の意だと思うからだと。
こんなことを書くと三沢光晴がまるで死んでしまったようで
悲しくなる。
いや
三沢光晴は生きているのだ。
彼がしてきたこと。彼がしようとしたこと。
それは人智を超えた大いなる力で果たされていくのではないか。
だから彼は全知全能、運動神経も万能な魂として
当世に居続けるのだ。
ここは私の魂があるうちにお礼を言っておきたい。
凝り固まった私に別世界の扉を開けてくれてありがとう。
下唇を突き出した三沢さんが「いや…どういたしまして」と答える。
やっぱり三沢光晴は死んだりしていない。


