
ほんとに
逝ってしまわれたのですね。。。
漫画に笑いをもたらした神…赤塚不二夫先生です。
今明かされる秘話もたくさん。
奇しくも
赤塚先生が亡くなる数日前
「ダ・ビンチ」のカトリーヌあやこ女史ら
4人の女性作家のお話の中で
「タモリがいかに赤塚先生に愛されていたか…」を皆で語っていた部分があり
それを読んだばかりだったので、訃報に仰天しました。
たくさんのエピソード。
「タモリ誕生秘話」
タモリはまさに赤塚先生が卵から孵化させたようなもの。
実はタモリ、早稲田を中退したあと
福岡に帰り、職を転々としたあげく
われらが大分県の日田市で
「ボーリング場の支配人」をしていたそうなのです。
山下洋輔の福岡でのジャズライブ打ち上げに
同じホテルに居合わせたタモリが乱入し
インチキ中国語で場を沸かせ「福岡の森田です」とだけ
名乗って帰っていったらしい。
その後「福岡の森田を探せ→
博多のジャズバーに片っ端から問い合わせて発見」
「伝説の九州の男・森田を呼ぶ会→
会員のカンパで上京させる」
で、上京し素晴らしき宴会芸男として重宝されるが
ここまでは山下氏のタモリへの執着。
それらの宴会に臨席していた赤塚先生は、噂の森田を見て
「この男を九州に帰してはいけない」
そして「俺は毎日森田を見たい」と
自らのアパートと月々20万、そして自分のベンツを
タモリに与えて
宴会の度に彼を連れていき「森田!アレやってくれ!」と
この場合のアレ…はイグアナの真似だったりするわけだが。
そして赤塚先生自身は
仕事場のロッカーを倒して、その中に布団をひいて寝てたりしたということだ。
なんだかわかんないけど
この常軌を逸した惚れこみ!すごいね!
タモリもそのことを知ってしまってからも
「ひるんじゃいけない」ってんで
先生のベンツを乗り回してぶち当てたり、好き勝手し放題で
赤塚先生の愛に応えていたようだ。これも愛。
それからテレビ関係者に見出され3年後にはテレビに。
5年後に「いいとも」が始まり今に至る。
のちに赤塚先生が
「おまえあんときはあんなに面倒みてやったのに」と
タモリに絡んだときも
タモリはひるまず
「お前達が勝手に俺の才能に惚れて連れてきたんじゃないか」
というようなことを言ったらしい。
タモリもかっこいいが
わざと赤塚先生が好むような言い草で返したのだろう。
キッチュ…松尾貴史も
赤塚先生が飲んで「俺様はエライ」と語っているときに
敢えて突っ込みを入れたら気にいってくれた…と言っていたし
自分をヨイショする人より生意気な人が好きだったようだ。
赤塚先生もタモリも
「ナンセンス」に対するモチベーションが高いのが素晴らしいと思う。
赤塚先生は
漫画というスキルを持ってしてアクロバティックなギャグを追求し
タモリは
宴会芸というセンスで繰り出すギャグを達人のレベルまで追求し
やはりそれもサービス精神はもとより
「自分が一番楽しんでいた」というのが本当のとこだろう。
そして両者の「漫画」にしても「形態模写」にしても、
彼らの性質が緻密でストイックな追求型だからこそ
より急進的な「ナンセンス」を極めきれたと思うのだ。
そこのポテンシャルはまた人並みはずれている。
そんなギャグと酒で結ばれ
愛し愛された赤塚先生とタモリの関係。
「いいとも」に出ているタモリは
レギュラー仕事にこだわってやってるとは思うが全く面白くない。
タモリ倶楽部的、年に一度の徹子の部屋的、
深夜放送(ラジオ)的、彼がほんとに水を得た魚になってる場所に
いて欲しいと思うのだ。
タモリにはもっと「タモリ的」な尖った部分を
失わないで欲しい。
でも
ここまでになると今さら敵も作れないかもしれないが。。。
赤塚先生はどう思っていただろうか。



